「本」の未来をめぐる“若手”情報発信サイト

    第12回図書館総合展フォーラム:「本」の未来をめぐる若手パネルディスカッション 2010年11月24日(水)15:30~17:00開催

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    パネルディスカッションの論点

    2日後に迫った図書館総合展フォーラム、「『本』の未来をめぐる若手パネルディスカッション」で議論する予定の項目を、簡単にご紹介します。
    「今いる場所=図書館や出版社の現場、若手という立場」から見える“今”の「本」の世界を出発点に、今自分が何に取り組み、どんな未来を目指すのか。
    それぞれのパネラーが現場で取り組んでいることの「核」にせまります。
    ディスカッションを楽しみにしつつ、ブログをご覧の皆様にも一度考えていただけると幸いです。


    論題:
    今いる場所(図書館や出版社の現場、若手という立場)から「本」の未来をつくる
    ―図書館や出版社の現場から考える「本」の未来―

    ①今の「本」の話
    ・パネラーの皆さんが今取り組んでいること
    ・読書環境が変化?ソーシャルリーディングってどう?
    ・「図書館」「出版社」など、既存の各業界の境界線はあいまいに?

    ②未来の「本」の話
    ※未来=これから、明日からでも来年からでも
    ・本の未来、またそれに関わるお互い、ひいては社会全体が幸せになるには
    ・これからやりたいこと、野望
    ・そのためのアイデア、必要な技術、必要なコラボレーション


    壇上のパネラーも、フロアのお客様も、「本」の未来をつくるプレイヤーとして、それぞれに自分が思うことを実現していくためのきっかけとなりますように。
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    【パネラーインタビューその6】内沼晋太郎さん(numabooks)

    パネラーインタビュー最後のお1人は、内沼晋太郎(うちぬま・しんたろう)さんです。ブック・コーディネイター/クリエイティブ・ディレクター/numabooks代表という肩書きで、今回のパネラーの中では唯一、フリーランスで活動されています。インタビューでは、仕事に対する考え方もたくさんお聞きしました。

    uchinuma

    ―まずは学生時代のことを教えてください。大学生の頃はどう過ごされたのですか?

    高校生のときからずっとバンドをやっていて、大学1~2年まではミュージシャンになりたいと思っていました。作曲もしていましたし、ライブなども定期的にやっていました。
    大学は一橋大学の商学部です。大学3年生からのゼミは阿久津聡氏に師事し、ブランド論を学びました。このゼミでは実際の企業のブランディングを実地で行なうことができて、当時としては新しかった「地域ブランド」「部屋カフェ」といったコンセプトを、広告代理店と一緒に提案するようなことをやりました。それとは別に、SFC(慶應大学藤沢湘南キャンパス)の福田和也氏の小説・雑誌の研究会にもモグリで参加していましたし、大学とは関係ありませんが、編集者の後藤繁雄氏主宰の編集教室へも通いました。

    ―バンド、ブランディング、小説・雑誌、編集といろいろなことをされていたんですね。音楽よりも「本」へ興味の対象が移るような転機はあったのですか?

    端的にいうと、大学2年のあるとき、自分の作っている曲を、自分なら買わないなと気づいてしまったんです。おそらくありがちな壁で、実際はそういう壁を何度も越える人が本当にミュージシャンになるんでしょうが、ぼくは早々にそこで挫折してしまった。そこで、音楽などのコンテンツを作るのではなく、コンテンツを作る人をサポートする側にまわろうと考えました。SFCのゼミや編集教室に通うようになったのも、ちょうどこの頃です。
    コンテンツを扱うための媒体として、最初に意識したのは雑誌でした。当初は雑誌制作のサークルに所属したのですが、もっと自分の思うようにやりたくて、自ら編集ユニットを立ち上げました。文字がほとんどないカルチャー誌で、それぞれのページのヴィジュアルに1つのURLが付してあり、そこへアクセスすると関連するテキストや音楽やFLASHゲームなどがある、というインターネット連動型の雑誌です。でも、結局、雑誌は1号も出せませんでした。1号目の制作途上でハードディスクがクラッシュし、全てのデータが消えてしまった。そこで、みんなやる気を失ってしまったんです。

    ―雑誌制作をきっかけに、以降は「本」への関わりが深くなっていったのですか?

    そうですね。その雑誌を作っている途中で、出来上がったら本屋さんで扱ってもらおうと、話を聞きにいったんです。そのときに初めて、出版流通の仕組みを知りました。本を作って、それを持っていったら、そこで売ってもらえるというものではないと知ったんです。商学部でしたので、その出版業界の流通が他の業界の流通とは違うものであることもわかりました。
    そこから興味を持ち、出版業界本みたいなものを何冊も読みました。その頃から世間ではぼくらの世代を指して「若いやつは本を読まない」とか「活字離れ」とか言われていましたが、ぼくはそれらの業界本を読んでいるうちに、本が売れないのは本のせいではなく、出版流通の中にいる大人たちのせいではないか、と感じるようになりました。出版不況などと言うけれど、本がおもしろくなくなっているのではなくて、本のおもしろさを伝えられていないだけなのではないか、と考えたんです。
    今思えば、いかにも学生っぽい青臭い考えではありますが、大げさにいうと「出版業界を変えたい」と思い、大学卒業後、某国際見本市主催会社へ就職しました。なぜ出版業界を変えるために選んだ会社がその会社だったのかというと、例えば、出版社に就職して下っ端で編集者をしていても、そこから出版業界の構造的なことを変えるのは、ものすごく遠い道のりだろうと思ったのです。業界の内部に興味を持ったからこそ、内部には入らず、外から出版業界に関わるべきだと思いました。その会社は、出版業界で一番大きな見本市を主催している会社でした。ぼくの就いた営業職は、出版社にブースを出してくれと営業に行ったり、書店に来場してくれとプロモーションしたりする仕事ですから、出版業界を引いた立場から見ることができるんです。実際、望み通りの仕事をさせていただいたんですが、単純に、ぼくがその会社に合わなかった。仕事の内容だけで選んだぼくは、ちょっと頭でっかちすぎたのかもしれません。
    やめるなら早い方がいいと思い、2ケ月で会社を辞めました。一般に3年は続けろと言われるけれど、入社してすぐからいろいろ任せてくれる会社だったのでその間にもたくさんのことを経験しましたし、僕は当時23歳だったので、まず2年間、自力で生きていけるかどうか試してみようと考えました。当時第二新卒といわれる枠がだいたい年齢制限が25歳だったので、もし25歳になってひとりで食えてなかったら、また就職活動しよう、と考えたんです。

    ―会社を辞めてからは、どうされたのですか?

    「book pick orchestra(ブックピックオーケストラ)」というユニットを立ち上げ、インターネット上で古本屋を始めました。同時に、千駄木の往来堂書店でアルバイトをしていました。本に関わる仕事をしていくことは決めていたので、古本を扱うこと、書店で働くことは、とても勉強になりました。でも、この2つはあまりお金の儲かる仕事ではありません。だから、クレーム処理のテレフォンアポインターや、長距離の運転手など、お金のいいアルバイトも同時にしていました。
    そのうち、「book pick orchestra」としてやっていた、実験的な書籍販売プロジェクトである「文庫本葉書」や、人と本の偶然の出会いを演出するプロジェクト「encounter.」などが注目されて、少しずつ活動が表に出るようになりました。そうした中でたまたま、原宿の「TOKYO HIPSTERS CLUB」の話をいただいたんです。セレクトショップ、ギャラリー展示などを行う多目的スペース、カフェの3つからなるコンセプトストアなのですが、そのショップで洋服や雑貨と一緒に売る本の仕入れ・陳列を担当しました。ショップのコンセプトに沿った本棚を作る仕事です。当初は古書のみで本棚を作るために古書の買い付けを依頼されたのですが、新刊にもテーマにあった本はあるし、大きな本棚をそのコンセプトに沿って古書だけで埋めるのは難しいと感じました。それで、新品の本も取り混ぜた本棚を提案し、仕入れから陳列までを取り仕切る本棚全体の担当者となりました。これがちょうど、25歳のときです。まだ本屋はもちろん、ネットの広告代理店などでもバイトをしていたので半分フリーターでしたが、生計は立てられていたので、そのまま一人でやっていくことにしました。
    この「TOKYO HIPSTERS CLUB」の本棚作りの仕事がきっかけになって、他にも本のセレクトの仕事が来るようになり、後から自分にブック・コーディネイターという肩書きをつけ、「numabooks」という屋号で活動するようにしました。基本的に今の自分は、ずっとこの延長です。現在は「book pick orchestra」の代表は一緒に立ち上げたときのメンバーに引き継いでいて、基本的に一人で活動し、必要に応じて他の人と一緒に組んで仕事をしています。今年で30歳になりましたが、今はこうした本の売り場やライブラリの仕事のほかに、書店や出版社のコンサルティングや、電子書籍関連のプロデュースなども手がけています。

    ―大学生の頃の活動から現在に至るまで、全て計算づくとも思えるような展開ですが、実際のところはどうなんでしょう?

    計算も戦略もないですよ。流れるままに仕事をしていたら、気づいたらこうなっていたという感じです。誰しも振り返れば、過去にやったことは現在につながっているものだと思うのですが、僕の場合も、大学生のときに学んだことで特に大きかったのは、ブランド論と編集です。その後古本を扱ったことや、書店で働いた経験も、大いに現在の仕事に活きています。過去の経験が今の自分を形作っていますね。

    ―今回、他のパネラーは図書館員や編集者です。図書館員や編集者の仕事は今後どうなると思いますか?

    正直、図書館員や編集者の仕事が、そっくり今のまま残るということは考えにくいですよね。特に、メディアの変化が激しくなるにつれ編集者の役割も変わるといわれていますが、編集者は一人でもできます。ところが図書館員は図書館がないとできない。特に公共図書館の場合は、利益を目的とした施設ではありませんから、個人が一人で独立して、図書館で食べていくというのは考えにくいです。もちろん、国がいきなり図書館をなくすということもあり得ませんが、かといって時代がこれだけ変わっているのに、役割が変わらなくていいわけがないですよね。
    だからまず、公共性を前提として「今の時代だからこそ図書館がこういう役割を担うことができる」ということについて考え、その状況を作るのが、図書館員の目の前に迫っている仕事だと思います。たとえば図書館は、地域の「知のハブ」になることができる。ただ本を貸すのではなく、その地域に住む人や働く人、あるいはそこに観光などで訪れた人の、何らかの窓口になることができる。考えるべきことはとてもシンプルで、「図書館に行くとこういういいことがある」というものをいかにつくることができるか。図書館から何か発信して、図書館に人が集まるようにすることです。
    ただし、そういったことを実践するには、選書はもちろんですが、加えてすごくコミュニケーション能力がいります。図書館にも、コミュニケーション能力、アイデア、実現にもっていくためのディレクション能力、そういった能力を持った人が必要なのだと思います。ぼくはまだ実際に図書館の実績はありませんが、これからそういった面でお手伝いできればと考えています。

    ―最後に、パネルディスカッションに向けて、意気込みをお聞かせください。

    これは「若手」に注目したディスカッションなんですよね?若手というのは、組織や業界を変えていかきゃいけない立場です。既得権益がある人は現状を変えたくないから、構造的な問題は変わりません。図書館業界も出版業界と同じで、きっと変えたくない人がいるはずです。若手がやらないといけないのは、それをぶち破ることだと思います。
    1時間半のパネルディスカッションでできることはとても限られていますが、せめて若い人たちの「自分の職場を変えてやるんだ」という気持ちを鼓舞するような場にしたいですね。
    聞きに来てくれる人には、何かを持ち帰って、実践してほしいです。こういったフォーラムで人の話を聞いたときって、聞いただけで満足してしまって、実は自分自身は何も変わっていない、ということがよくあります。そして、2~3日経ったらすぐに忘れてしまう。
    ぜひ、パネルディスカッションの翌日からでも一歩スタートしてほしいです。1週間後には何か企画書ができていて、2ヶ月後にはプロジェクトが動き出しているくらいに。
    やらないと仕方ない、って思うんですよね。言うだけの人が多すぎる。やらないと何もわからないもので、言うのとやるのとは大違いです。このパネルディスカッションが、それぞれの人の実際にやる力につながってほしいです。



    ◆参考ページ◆
    numabooksオフィシャルサイト
    『本の未来を作る仕事/仕事の未来を作る本』(朝日新聞出版) 内沼さんのご著書です。本インタビューでもその一端を語っていただいた仕事に対する考え方や、「book pick orchestra」から「numabooks」までのお仕事について、詳しく書かれています。

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    【パネラーインタビューその5】宮田和樹さん(実業之日本社)

    パネラーインタビュー第5弾は、株式会社 実業之日本社の宮田和樹(みやた・かずき)さんです。このパネルディスカッションのテーマの発想源でもある、ウェブ時代の本の生態系を取り上げた書籍『ブックビジネス2.0』を企画・担当された方です。
    miyata.jpg

    ―まずはご自身のこと、特に学生時代の話を教えてください。

    SFC(慶應大学藤沢湘南キャンパス)の環境情報学部の2期生です。希望を胸に環境情報学部に入学しましたが、どんな学部なのかを上手く説明できなかった。そこで、環境情報学って何だろう?というテーマで小冊子を作りました。はじめは、同じような気持ちの学生に声をかけて、あれこれ調査や議論をしました。せっかくだから、その成果を文章にまとめて発表してみるようにと相磯秀夫学部長(当時)に言われ、そのとりまとめ役になったんです。その小冊子は、授業のサブテキストとして取り上げてもらえて、多くの人に読んでもらうことになったんですが、今思えばそれが初めての編集経験かな。

    ―大学生のころからすでに編集をされていたのですね。そのまま編集者を目指したのですか?

    いえ、出版社の前はIT企業で働いていました。それに、学生時代は旅行作家か文化人類学者になりたかったんです(笑)。ブルース・チャトウィンって知っていますか? アボリジニーの神話を巡る彼の旅行記を読んで、自分も同じようになりたいと思っていました。
    「ソングライン」と呼ばれるアボリジニーの神話ってすごいんですよ。例えば、ある聖地から別の聖地への巡礼の物語を口承で受け継ぐと、行ったことのない砂漠の聖地へ実際に旅することができるといいます。ランドマークが読み込まれているだけでなく、その道が上り坂なのか、勾配はどれくらい急なのかを、歌うリズムの変化が教えてくれる。文字や印刷技術の普及で消えかけたこうした神話の力を、デジタルメディアの企画や設計にどのように活用できるのかに興味がありました。

    ―実際に、ブルース・チャトウィンのような旅行をしたのですか?

    ブルース・チャトウィンのように、とはいきませんが、オーストラリアへは2度、行きました。初めて行ったときは、自転車でオーストラリア大陸を縦断するつもりでしたが、ホストファミリーに止められました。若いのにはやまるなって(笑)。結局、長距離はバスや飛行機で移動して、それぞれの町の周辺を自転車で走りました。
    自分のノートパソコンを持って行き、電話の受話器を介してデータ通信をする音響カプラという通信機器を使って、旅先の様子をインターネットで発信していました。今はスマートフォンひとつで、文字だけでなく写真や映像も気軽に中継できるようになりましたが、当時はなかなか大変でしたね。奇異な目で見られることもしばしば。でも、そんな大変なことをしているのが面白い、みたいな感じで楽しみながらやっていました。
    その後、2度目の渡豪では、1ヶ月くらい、北部のダーウィンという町に滞在して、フィールドワークの機会をうかがっていました。よく戻ってきたなぁと思います。溶け込んじゃう人もいますからね。

    ※最初のオーストラリアでの旅を綴った旅行記「デジタル•ブーメラン」は、『10+1 No.8 特集=トラヴェローグ、トライブ、トランスレーション ― 渚にて』INAX出版、1997年に掲載され、現在は下記にアーカイブされています。
    http://tenplusone-db.inax.co.jp/backnumber/article/articleid/264/

    ―そのまま住み着いていたらどんな人生になっていたんでしょう?気になります(笑)。日本に戻ってからは、どうされたんですか?

    アカデミズムの世界に残るかどうか悩みました。大学で職を得ようと思うなら博士号を取ったほうがいいし、大学院で勉強するならアメリカだろうと考えていました。まずは1年間、札幌で論文を書いたりして過ごした後、カリフォルニア大学サンタクルーズ校(UCSC)に語学学生として潜り込みました。そこで教えていた、デジタルメディア批評が専門の教授に相談して、聴講生としてゼミに出させてもらいました。5年間、アメリカで研究するかどうか、決めるためのテストという気持ちでした。課題のテキストもちゃんと読んで、レポートも出しましたよ。
    でも、レポート出した時点で、今、出来ることはやり切った、と思ってしまって。そのときはすでに30歳手前でしたが、アメリカでいろんな人から「おまえはいつまでお勉強を続ける気だ」って皮肉も言われてましたね。文化人類学になりたいだなんて、お前の家は貴族か?って言われたことも(笑)。ゼミで指導を受けたマーガレット・モース教授に、「アカデミズムの世界にゆくゆくは戻ってくるとしても、一般企業で働いた経験は役に立つはず。」と言われたこともあって、東京に戻って働くことにしました。

    ―実業之日本社の前は、IT企業で働かれていたんですよね?

    SFCを卒業しているから、他の人よりはウェブに詳しいだろうという思いもあり、最初はウェブ制作会社に入社しました。その後は、Yahoo、Microsoftでそれぞれ2~3年づつ働きました。
    YahooやMicrosoftでは、トップページのプロデューサーをしていました。検索窓やニュースなどのコンテンツのある、あのページですね。たった1枚のページですが、大量のトラフィックが集まるポータルの顔となるページなので、各サービスの担当との調整は、本当に大変でしたが、責任もやり甲斐も大きかったです。
    そんななか、ポータルサイトから一度離れて、ウェブの世界をこれまでとは少し違った角度から眺めたいと思うようになりました。出版社以外の選択肢も考えていましたが、ちょうどそのころ、実業之日本社の何人かと話す機会があって意気投合、転職を決意しました。

    ―世の中は出版からウェブへ流れているようにも感じます。その流れに反して転職するのは珍しいですよね?

    確かにそう思われるかもしれませんね。なぜ出版社に転職したのかは、結果論ですが、こんなふうに説明できるかもしれません。
    最初に就職したウェブの制作会社は、受託案件中心で、提案が通らないことも多々ありました。それならば自社サービスをやっているところで働きたいと、YahooやMicrosoftで仕事をしました。ポータルサイトは他の人たちが作ったコンテンツを集めて、探しやすくしますが、コンテンツそのものを作る機会はあまりありません。そこで、今度はコンテンツを生み出す現場を見てみたいと思い、コンテンツを作る業界の1つである出版業界へとやって来たわけです。もちろん、これから電子書籍が盛り上がってくるかも、という漠然とした期待もありました。

    ―まさに「電子書籍元年」とも言われ、盛り上がっていますね。今、電子書籍について感じていることはありますか?

    最近、青山学院大学で電子書籍いついてゲスト講師として話をする機会があったんですが、学生さんたちのセンスがよかったですね。キンドルの新しい機能を紹介しながら「ソーシャルリーディング(読書体験の共有)」について説明したら、「それならニコ動(ニコニコ動画)で、やったことあるよ!」って。キンドルのPopular Highlightもニコニコ動画の投稿も擬似同期コミュニケーションなので、確かに通じるものがありますよね。。KindleやiPadを使ったことがなくても、ポイントになるアイデアは既に体験している世代なんだなぁと。他にも、携帯型ゲームですれちがい通信ってありますよね。読んだ本のリストや感想をすれちがい通信で交換できるようになったら、電子書籍になっても、ハッピーハプニング的な本との出会いはなくならないのではと話してくれた学生さんもいました。そうなれば、街全体が広義の図書館機能を持つかも知れませんね。
    マスメディアが電子書籍を取り上げると、端末、プラットホーム、フォーマットという話になりがちですが、ウェブ時代の新しい読書スタイルのヒントを、私たちより更に若い世代は先取りしつつあるじゃないでしょうか。
    (追記:ニコニコ動画を運営するドワンゴと角川グループの包括業務提携の発表があったのは、このインタビューをまとめている最中の10月28日ことでした。)

    ―最後に、パネルディスカッションへの意気込みをお聞かせください。ちなみに梶原さんは、宮田さんこそが「本」の未来についての「答え」を持っているのでは?とおっしゃっていましたよ。

    答えは誰かが持っていたり、どこかに予めあるものじゃなくて、周りの環境に積極的に関わっていくなかで、ひとりひとりが作りだしていくものかもしれませんね。「本」の未来についても同じで、トライアルアンドエラーのスピードを上げて、どんどんいろんなことをして、失敗したり上手く行ったりするしかないんじゃないかな。

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    【パネラーインタビューその4】谷航さん(大学図書館員)

    パネラーインタビュー第4弾は、関西の大学図書館で働く谷航(たに・わたる)さんです。谷さんは大学図書館で働く一方、「図書館員で集まって飲む会@関西」を主催するなど、図書館員同士を結ぶネットワーク活動もされています。

    tani

    ―はじめに、今のお仕事に至る経緯を教えていただけますか?

    大学を卒業して農協(農業協同組合)に就職し、主に貯金や共済(保険)など金融商品の営業をしていました。金融商品以外にも、農協らしく、肥料や農薬、お米なども売っていました。その後ふらふらして、ひょっこりと現在の大学図書館で働いています。
    図書館員としてはこの10月で3年目に突入しました。もともと本をよく読むのと、図書館自体もよく利用するので、自分にとって身近な存在だったことが、図書館で働くことになった理由かなと思っています。

    ―現在お勤めの大学図書館では、どのようなお仕事をされているのですか?

    カウンターにいます。そこで利用者対応から排架、書架や書庫の整理、出納、統計、レファレンス、ILLにガイダンス、窓口として何でもやっています。ノートPCの貸出もしているので、パソコンの使い方や学生さんのレポート・課題の相談に乗ることもあります。

    ―大学図書館でのお仕事とは別に、外部の勉強会等にも熱心に参加されていますよね?

    はい。図書館員としてはまだまだ未熟でして、知らないことも多いものですから、勉強会にも参加しています。ただ、最近は聞くだけでなく、この図書館総合展のパネルディスカッションのように「話してくれ」と言われることも出てきて、ぼくには何の専門性も経験もないのにと、ちょっと困っています(笑)。

    ―外で話す機会が増えた要因の1つは「図書館員で集まって飲む会@関西」だと思うのですが、この飲み会について教えてもらえますか?

    きっかけは国立国会図書館関西館であった研修の懇親会です。そこで京阪奈(京都・大阪・奈良)の図書館員を集めて飲みませんか、という話で国立国会図書館の方と盛り上がりました。で、やってみました。そもそもそんなニーズがあるのかどうかも分からないまま、「誰も集まらなくても2人で飲めばいっか~」と、軽い気持ちで始めたのですが、ふたを開けたら1回目38人、2回目43人、3回目61人と、予想を裏切る盛況ぶりにびっくりしています。
    ぼくは非正規、大学図書館といった属性を、この企画の相方さんは正規、公共・国立国会図書館といった属性をもっているので、1回目の参加者は大学や公共・国立国会図書館からの参加者が多かったです。ただ当初から館種、雇用形態、年齢、性別、すべて不問として、タイトルも1回目「図書館員であつまって飲み会@大阪」、2回目「図書館員であつまって新年会@大阪」、3回目「図書館のむ会@大阪」と、図書館員の集まりから図書館に関心を持つ人の集まりにシフトしていっています。そのせいかどうか分かりませんが、回を重ねる毎に、大学や公共・国立国会図書館だけでなく、専門図書館や学校図書館、教員や学生、出版社からアーキビストや学芸員の方、またぼくのようなぺえぺえから館長さんクラスまで、参加者の顔ぶれが多彩になってきているように感じます。
    本当にただの飲み会なのですが、人が集まれば情報も集まりますし、新たなツナガリやネットワークも生まれます。参加者同士、飲み会で出会った人や話したことがきっかけとなり、勉強会がスタートしたり、見学会といった企画にもつながっているようです。この飲み会自体も、2回目は図書館員の部活動Lifoさんとコラボ開催、3回目に至っては、「図書館をネタに飲む会@横浜」をはじめ仙台やウェブなど、全国各地で同時開催されたりもしました。
    ただの飲み会であっても、それが思わぬツナガリや広がりを生むこともあるのだとビックリしています。

    ―公私共に図書館に関わるところで熱心に活動されているわけですが、今後、正規の職員として図書館で働きたいと思われますか?

    それが働き方だけの違いであって、非正規であっても、十分な権限と保障があれば、別に非正規でもかまいません。ただ実際には、正規職員と非正規職員では出来ることが違いますよね。今は目の前の何人あるいは何十人へのサービス、現場の戦術レベルでの活躍に限られるわけですが、一館の戦略レベル、あるいはもっと上の政治レベルでも仕事をしたいなとは思っています。

    ―これからの図書館に対して思うところをお話しいただけますか?

    中で働いてみて感じたことは、図書館もったいない、です。ものすごいパワーを持っていると思うのですが、それが十分に発揮されているとは思えない。図書館はもっとできる子です。中で働く人や利用する人が、十分にその能力を発揮できるようにしたいです。

    ―最後に、パネルディスカッションへの意気込みをお聞かせください。

    他のパネラーの方とは違い、ぼくだけが何者でもないと思っているので、当日まで必死に勉強しようと思います。そうして他のパネラーの方との掛け合いの中で、本や図書館について、面白い話やアイデアが出てくればいいなと思います。私自身、当日を楽しみにしています。



    ◆他のパネラーのインタビュー◆
    【パネラーインタビューその1】梶原治樹さん(扶桑社)
    【パネラーインタビューその2】高橋真太郎さん(鳥取県立図書館)
    【パネラーインタビューその3】浅井愛さん(Web文芸誌『マトグロッソ』編集長)

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