「本」の未来をめぐる“若手”情報発信サイト

    第12回図書館総合展フォーラム:「本」の未来をめぐる若手パネルディスカッション 2010年11月24日(水)15:30~17:00開催

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    【パネラーインタビューその6】内沼晋太郎さん(numabooks)

    パネラーインタビュー最後のお1人は、内沼晋太郎(うちぬま・しんたろう)さんです。ブック・コーディネイター/クリエイティブ・ディレクター/numabooks代表という肩書きで、今回のパネラーの中では唯一、フリーランスで活動されています。インタビューでは、仕事に対する考え方もたくさんお聞きしました。

    uchinuma

    ―まずは学生時代のことを教えてください。大学生の頃はどう過ごされたのですか?

    高校生のときからずっとバンドをやっていて、大学1~2年まではミュージシャンになりたいと思っていました。作曲もしていましたし、ライブなども定期的にやっていました。
    大学は一橋大学の商学部です。大学3年生からのゼミは阿久津聡氏に師事し、ブランド論を学びました。このゼミでは実際の企業のブランディングを実地で行なうことができて、当時としては新しかった「地域ブランド」「部屋カフェ」といったコンセプトを、広告代理店と一緒に提案するようなことをやりました。それとは別に、SFC(慶應大学藤沢湘南キャンパス)の福田和也氏の小説・雑誌の研究会にもモグリで参加していましたし、大学とは関係ありませんが、編集者の後藤繁雄氏主宰の編集教室へも通いました。

    ―バンド、ブランディング、小説・雑誌、編集といろいろなことをされていたんですね。音楽よりも「本」へ興味の対象が移るような転機はあったのですか?

    端的にいうと、大学2年のあるとき、自分の作っている曲を、自分なら買わないなと気づいてしまったんです。おそらくありがちな壁で、実際はそういう壁を何度も越える人が本当にミュージシャンになるんでしょうが、ぼくは早々にそこで挫折してしまった。そこで、音楽などのコンテンツを作るのではなく、コンテンツを作る人をサポートする側にまわろうと考えました。SFCのゼミや編集教室に通うようになったのも、ちょうどこの頃です。
    コンテンツを扱うための媒体として、最初に意識したのは雑誌でした。当初は雑誌制作のサークルに所属したのですが、もっと自分の思うようにやりたくて、自ら編集ユニットを立ち上げました。文字がほとんどないカルチャー誌で、それぞれのページのヴィジュアルに1つのURLが付してあり、そこへアクセスすると関連するテキストや音楽やFLASHゲームなどがある、というインターネット連動型の雑誌です。でも、結局、雑誌は1号も出せませんでした。1号目の制作途上でハードディスクがクラッシュし、全てのデータが消えてしまった。そこで、みんなやる気を失ってしまったんです。

    ―雑誌制作をきっかけに、以降は「本」への関わりが深くなっていったのですか?

    そうですね。その雑誌を作っている途中で、出来上がったら本屋さんで扱ってもらおうと、話を聞きにいったんです。そのときに初めて、出版流通の仕組みを知りました。本を作って、それを持っていったら、そこで売ってもらえるというものではないと知ったんです。商学部でしたので、その出版業界の流通が他の業界の流通とは違うものであることもわかりました。
    そこから興味を持ち、出版業界本みたいなものを何冊も読みました。その頃から世間ではぼくらの世代を指して「若いやつは本を読まない」とか「活字離れ」とか言われていましたが、ぼくはそれらの業界本を読んでいるうちに、本が売れないのは本のせいではなく、出版流通の中にいる大人たちのせいではないか、と感じるようになりました。出版不況などと言うけれど、本がおもしろくなくなっているのではなくて、本のおもしろさを伝えられていないだけなのではないか、と考えたんです。
    今思えば、いかにも学生っぽい青臭い考えではありますが、大げさにいうと「出版業界を変えたい」と思い、大学卒業後、某国際見本市主催会社へ就職しました。なぜ出版業界を変えるために選んだ会社がその会社だったのかというと、例えば、出版社に就職して下っ端で編集者をしていても、そこから出版業界の構造的なことを変えるのは、ものすごく遠い道のりだろうと思ったのです。業界の内部に興味を持ったからこそ、内部には入らず、外から出版業界に関わるべきだと思いました。その会社は、出版業界で一番大きな見本市を主催している会社でした。ぼくの就いた営業職は、出版社にブースを出してくれと営業に行ったり、書店に来場してくれとプロモーションしたりする仕事ですから、出版業界を引いた立場から見ることができるんです。実際、望み通りの仕事をさせていただいたんですが、単純に、ぼくがその会社に合わなかった。仕事の内容だけで選んだぼくは、ちょっと頭でっかちすぎたのかもしれません。
    やめるなら早い方がいいと思い、2ケ月で会社を辞めました。一般に3年は続けろと言われるけれど、入社してすぐからいろいろ任せてくれる会社だったのでその間にもたくさんのことを経験しましたし、僕は当時23歳だったので、まず2年間、自力で生きていけるかどうか試してみようと考えました。当時第二新卒といわれる枠がだいたい年齢制限が25歳だったので、もし25歳になってひとりで食えてなかったら、また就職活動しよう、と考えたんです。

    ―会社を辞めてからは、どうされたのですか?

    「book pick orchestra(ブックピックオーケストラ)」というユニットを立ち上げ、インターネット上で古本屋を始めました。同時に、千駄木の往来堂書店でアルバイトをしていました。本に関わる仕事をしていくことは決めていたので、古本を扱うこと、書店で働くことは、とても勉強になりました。でも、この2つはあまりお金の儲かる仕事ではありません。だから、クレーム処理のテレフォンアポインターや、長距離の運転手など、お金のいいアルバイトも同時にしていました。
    そのうち、「book pick orchestra」としてやっていた、実験的な書籍販売プロジェクトである「文庫本葉書」や、人と本の偶然の出会いを演出するプロジェクト「encounter.」などが注目されて、少しずつ活動が表に出るようになりました。そうした中でたまたま、原宿の「TOKYO HIPSTERS CLUB」の話をいただいたんです。セレクトショップ、ギャラリー展示などを行う多目的スペース、カフェの3つからなるコンセプトストアなのですが、そのショップで洋服や雑貨と一緒に売る本の仕入れ・陳列を担当しました。ショップのコンセプトに沿った本棚を作る仕事です。当初は古書のみで本棚を作るために古書の買い付けを依頼されたのですが、新刊にもテーマにあった本はあるし、大きな本棚をそのコンセプトに沿って古書だけで埋めるのは難しいと感じました。それで、新品の本も取り混ぜた本棚を提案し、仕入れから陳列までを取り仕切る本棚全体の担当者となりました。これがちょうど、25歳のときです。まだ本屋はもちろん、ネットの広告代理店などでもバイトをしていたので半分フリーターでしたが、生計は立てられていたので、そのまま一人でやっていくことにしました。
    この「TOKYO HIPSTERS CLUB」の本棚作りの仕事がきっかけになって、他にも本のセレクトの仕事が来るようになり、後から自分にブック・コーディネイターという肩書きをつけ、「numabooks」という屋号で活動するようにしました。基本的に今の自分は、ずっとこの延長です。現在は「book pick orchestra」の代表は一緒に立ち上げたときのメンバーに引き継いでいて、基本的に一人で活動し、必要に応じて他の人と一緒に組んで仕事をしています。今年で30歳になりましたが、今はこうした本の売り場やライブラリの仕事のほかに、書店や出版社のコンサルティングや、電子書籍関連のプロデュースなども手がけています。

    ―大学生の頃の活動から現在に至るまで、全て計算づくとも思えるような展開ですが、実際のところはどうなんでしょう?

    計算も戦略もないですよ。流れるままに仕事をしていたら、気づいたらこうなっていたという感じです。誰しも振り返れば、過去にやったことは現在につながっているものだと思うのですが、僕の場合も、大学生のときに学んだことで特に大きかったのは、ブランド論と編集です。その後古本を扱ったことや、書店で働いた経験も、大いに現在の仕事に活きています。過去の経験が今の自分を形作っていますね。

    ―今回、他のパネラーは図書館員や編集者です。図書館員や編集者の仕事は今後どうなると思いますか?

    正直、図書館員や編集者の仕事が、そっくり今のまま残るということは考えにくいですよね。特に、メディアの変化が激しくなるにつれ編集者の役割も変わるといわれていますが、編集者は一人でもできます。ところが図書館員は図書館がないとできない。特に公共図書館の場合は、利益を目的とした施設ではありませんから、個人が一人で独立して、図書館で食べていくというのは考えにくいです。もちろん、国がいきなり図書館をなくすということもあり得ませんが、かといって時代がこれだけ変わっているのに、役割が変わらなくていいわけがないですよね。
    だからまず、公共性を前提として「今の時代だからこそ図書館がこういう役割を担うことができる」ということについて考え、その状況を作るのが、図書館員の目の前に迫っている仕事だと思います。たとえば図書館は、地域の「知のハブ」になることができる。ただ本を貸すのではなく、その地域に住む人や働く人、あるいはそこに観光などで訪れた人の、何らかの窓口になることができる。考えるべきことはとてもシンプルで、「図書館に行くとこういういいことがある」というものをいかにつくることができるか。図書館から何か発信して、図書館に人が集まるようにすることです。
    ただし、そういったことを実践するには、選書はもちろんですが、加えてすごくコミュニケーション能力がいります。図書館にも、コミュニケーション能力、アイデア、実現にもっていくためのディレクション能力、そういった能力を持った人が必要なのだと思います。ぼくはまだ実際に図書館の実績はありませんが、これからそういった面でお手伝いできればと考えています。

    ―最後に、パネルディスカッションに向けて、意気込みをお聞かせください。

    これは「若手」に注目したディスカッションなんですよね?若手というのは、組織や業界を変えていかきゃいけない立場です。既得権益がある人は現状を変えたくないから、構造的な問題は変わりません。図書館業界も出版業界と同じで、きっと変えたくない人がいるはずです。若手がやらないといけないのは、それをぶち破ることだと思います。
    1時間半のパネルディスカッションでできることはとても限られていますが、せめて若い人たちの「自分の職場を変えてやるんだ」という気持ちを鼓舞するような場にしたいですね。
    聞きに来てくれる人には、何かを持ち帰って、実践してほしいです。こういったフォーラムで人の話を聞いたときって、聞いただけで満足してしまって、実は自分自身は何も変わっていない、ということがよくあります。そして、2~3日経ったらすぐに忘れてしまう。
    ぜひ、パネルディスカッションの翌日からでも一歩スタートしてほしいです。1週間後には何か企画書ができていて、2ヶ月後にはプロジェクトが動き出しているくらいに。
    やらないと仕方ない、って思うんですよね。言うだけの人が多すぎる。やらないと何もわからないもので、言うのとやるのとは大違いです。このパネルディスカッションが、それぞれの人の実際にやる力につながってほしいです。



    ◆参考ページ◆
    numabooksオフィシャルサイト
    『本の未来を作る仕事/仕事の未来を作る本』(朝日新聞出版) 内沼さんのご著書です。本インタビューでもその一端を語っていただいた仕事に対する考え方や、「book pick orchestra」から「numabooks」までのお仕事について、詳しく書かれています。
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